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偏見じゃなくて幻想
明けましておめでとうございます。
ほとんど休むことなく、本日より本格的に仕事再開しました。
ぐったりです。

気分転換に更新。
お正月早々愚痴のようなことを書くのはどうかと思ったのですが、はつらつと仕事をするためには今のところ、こうしてひっそりとブログで愚痴るしかないのですよ。
すいません。

昨日までいちおうお休みの形を取っていたので自宅でテレビをつけた状態で仕事をしていたところ、「田舎に泊まろう」という番組をやっていました。

知人に聞いたところあの手の番組は、本当に町の人たちはTV局が来ることを知らないそうです。
しかるべきところへ許可というか通達というかが来るものの、極秘なのでTVカメラを向けられた人はたいてい、そのことを知らない。
そのしかるべきところの人がどのぐらいおしゃべりかどうかという問題はあるでしょうけど。

で、田舎を訪れた芸能人が「こんな素敵なところ」なんて感激したり、感動したりするというパターンなので、田舎の人はやさしい、あったかい、心がきれいだと思う人が続出するのでしょうけど、私は田舎育ちなので田舎というものをよくよく知っております。

たしかに1日だけやってくるTV局の取材では、もてなし好きであったり親切であったりする、田舎の人のいちばん良いところが出るでしょう。

でも、それはあくまで取材に来る人たちが他所から来てすぐいなくなる人だから。
田舎の人があったかいとか純真だとか、心がきれいだとかいう幻想を持って移住したりすると痛い目にあいますよ。

田舎はプライバシーなんてなくて、他人様の家庭の事情など筒抜けですし、さらに言えばそれに対して家族でも親戚でもない人が口をはさむなんてことは、ザラです。

それは親切である場合もありますが、ただのヒマつぶしであったりねたみそねみであったりすることもあります。

"義理人情"なんていいますがどこの家ではこうしたからうちもこうしなきゃいけないの贈り物合戦・お手伝い合戦です。
○○さんちでは葬儀の3日前から家族何人が出ているから、うちもそうしないといけないとか。
お見舞いとか、病人に負担がかかるからなんて遠慮は全くなく、○○さんとこは婿も含めて何人で言ったらしいから、うちも仕事を休ませて娘婿をつれて行かねば、なんて。
田舎で入院だけは絶対したくないです。
もちろん退院してからもお見舞い合戦で、病人はしばらく休めません。

周囲の人とは違う考えでも持とうものなら、「変わり者」だとか「勝手」だとか言われます。
問題意識を持った人には生きづらいので外へ出ます。
だから田舎は変わり映えせず、過疎っていくんです。

ちなみに男尊女卑とセクハラは標準装備です。

田舎のいいところもいろいろありますが、都会の人の「田舎の人は素朴であったかい」幻想はほどほどにされたほうが良いと思います。

よくうちのお父さん(orお母さん)の実家も田舎だから、小さい頃は田舎へ行ったよ、なんていう人がいますが、子供の頃にお盆とお正月に数日滞在しただけでは、田舎のことなんて分かりませんて。
どうせ小学校の頃にだけ行っておこずかいをもらって、中学に入ったら友達と遊んだりでおじいちゃん・おばあちゃん
に顔を見せることもなかったでしょう?

あと、障害のある人は心がピュアで芸術的才能に優れている、という思い込みはなんなんですか?
みんながみんな山下清なわけないじゃないですか。

体や精神の発達に障害がなくても社会に不適応な人もいるわけですが、そういう人もみんなひっくるめて「心がきれいで何かの才能を持っているはずなんだから、何もできないと思うのはかわいそう」とか目をキラキラさせて言ってる人に、家族の苦労や苦しみが分かるもんかと思います。

だったらその才能とやらを見出して開花させてくれ。
その方法を教えてくれ。

そういう人たちだってずる賢かったり猜疑心が強かったりするんですよ。
ワガママさも普通の人のように隠したりガマンしたりできないんですから。

「何か好きなことに関してはすごい集中力を発揮するかも」なんて言う人もいますが、集中すること自体できない人もいるっつーの。

繊細で心が優しいから社会不適応になるとか、じゃあ一生懸命働いている人たちは心がきれいじゃないのか?
周りに心配や迷惑かけないように一生懸命な人のほうが、やさしくないか?

すっきりしたのでまた明日から頑張って仕事します。









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テーマ:つぶやき - ジャンル:ブログ

【2010/01/04 20:19】 | 社会 | コメント(0) | page top↑
事業仕分けはなぜ必要か 予算の考え方
仕事が切羽詰っていてひどい寝不足なんですが、気分転換に文章を書きたくなったので更新。

注目された事業仕分けに関してはみなさんいろいろな感想がおありかと思います。

私もいろいろ思うところはありますが、そもそもなぜこういう作業が必要なのかという話です。

どのぐらいの予算が必要か把握するため(というより削減ありきですが)にもちろん必要ではありますが、そもそも世の中全体、「予算」というものの考え方も使い方もその検討方法も根本的に間違っていると思います。
(「日本の会社は~」なんていうほど私は海外の会社を知りません。
だからやみくもに「日本の会社の予算の考え方は間違ってる」なんて言いません。)

よく「予算があまっているから使ってください。来年減らされるので」と総務や経理に言われた、なんて話を聞くんですが、おかしいと思いませんか?

割り当てられた予算を残して、それでも収益をあげる、それがいちばんベストなはず。
(そもそも適当な予算が割り当てられたかどうかという問題もありますが。)

そしてそれができたA部門が「これこれこういうことに必要なので、追加で予算をください」と言ってきたら、必要性を判断した上で、追加で出す。
A部門は前期に予算を残してもきっちり成果をあげたので、それも考慮して金額を決める。

逆にB部門は昨年予算を使い切り(あるいは追加で組んでもらい)、収益もいまひとつだったので今期は追加予算をお願いしにくい。
これはと思う事業に十分な経費を使いたいので、B部門は頑張る。

あるいは豪胆な経営陣ならB部門に不調だった昨年以上の予算を最初から与える。
追加予算が欲しいと言ってきたら思い切り良く出す。

大きな予算を与えるから、昨年分を取り返す結果を出してみろ、というプレッシャーですね。
(昔ならともかく、私もB部門の責任者にはなりたくないかも ^^;)

「前期あまったんだから今年は少なくていいだろう」という考え方は根本的に間違っているんです。

前期なぜ余ったかをきちんと追求しない、これもおかしい。
予算を多めに与えたほうが適当だったのか読みが甘いのか、経費削減に努めて減らしたのか、営業努力をしなかったから必要経費が少なくて済んだのか、はたまたくすねたヤツがいたのか。
これを分析しないでなぜ来年の予算が組めるのかと、不思議でなりません。

「余ると来年減らされる」は昨年いくら使ったかでしか予算を決めていない証拠です。
昨年実績がとても良かったので、予算が余っても来年はそれなりの予算を組んでもらえる、というのが正しいのでは?

それもこれも、会社にとって大きなメリットがある、大きな利益を産みそうだという時に必要な予算を申請して、それをしかるべき人間たちが与えるかどうかを判断する、という仕組みが確立していないことが問題ではないかと思います。

なぜ確立していないかというと、まず第一に申請してももらえない(昨年使った分と同等の予算をあらかじめ割り当てているのだから、という理屈)。
許可するほうもそれを出すことが妥当か判断できない、あるいは失敗した時の責任をとりたくないから判断したくない。

だから予算はあらかじめ与えられたものをきれいに使う。
予算を決めるほうは昨年(or今期)いくら使ったかだけ見て今期(or来期)分を決める。

だから大きな収益が見込めそうな時に、必要な金額を出してもらえない・動かせない。
でも大きなマイナスはなかったからいいよね、で手打ち。

決められた予算の中でより良い結果を出す工夫をしなさい、という方針では決してない。

そんなんでいいのか・・・・・・

若輩者が何をほざくかと思われる方もいらっしゃるかと思いますので、そういう方はぜひご意見ください。


最後に、私が以前いた会社は資金力があったせいか、何か新しいことに挑戦したり、それにお金をかけることに躊躇しない文化がありました。
それにトライすることが良いかどうかはしっかり議論する。
そしてやってみようということになったらどんなに反対派が多くても強くてもやる。

ただし、ダメだったらなぜダメだったかをもうむごいほどに話し合う。
重役クラスがバンバン降格になる。

そして同じアイディアでもこの人がいうとダメでこの人ならいい、というのはあまりなし。
以前こういうのをやって失敗したからこういう系はダメ。
上司や経営者の中で今あれがマイブームなので、あれ系はすぐ許可が下りる、という片よりもなし。

非常にシビアで、普通はそれに耐えられないから前期いくら使ったかだけで次の予算を決めてしまうのでしょうか。

一般企業の中にはそういう厳しい考えで予算を決めて、それに見合った責任を追っているところもあるんです。
地域の子供にだけ(しかも1回だけの来場時に)夢を与えて、そこで働くわずかな大人に仕事を与えているようなところは、それをよくよく肝に銘じてほしいですね。

うちの会社はどうかって?
ここぞという時に追加予算を組むような資金力が、たいへんに不足しております。




テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

【2009/12/10 01:33】 | 社会 | コメント(2) | page top↑
勝間和代って
著書が人気でTVなどにも出演されている方。

知人のうち、ハマリそうだなと思う人が一人、案の定はまりました。
自己啓発本とか好きそうなタイプが。

申し訳ないけれど私はこの方、この方の持論は好きになれません。

好きになれないのでこの方の本を読み込んだわけではなく、もし誤解があったら申し訳ないですが、TVやちょっとした記事で見かける持論、基本的な考えに共感できないのです。

景気の悪い今だからこそ、出るべくして世に出た方という気がします。

世の中にイケイケの雰囲気があった数年前にもてはやされた松井和代は、目を見開いて前のめりでハキハキと話していました。
まるで「いきいきとした人をひきつける話し方」なんてセミナーの講師みたいに。

勝間さんの話し方、雰囲気、そして申し訳ないけれど風貌も明るさが感じられないんですよね。
そして自信満々だから、この人が話しているのを見ると不景気で自信をなくしている人がよけい自信をなくしそうな気がします。

一方「カツマー」と呼ばれるこの人の信者たちはそうではなく、この人の著書を読めば勝ち組になれるような気がするようです。
(私はこの「勝ち組」という言葉も概念も嫌いですが)

能力や努力で勝ち組になろうとはちょっとちがって、「勝間さんの言うことを知っていれば勝ち組になれる」的な空気が嫌です。

この方の功績としては、ガッつくタイプの女性が表に出てきたということ。

女性経営者の場合、自分の好きなこと・得意なことを仕事にして幸せになろうと、そしてそれをずっと続けていきたいと考える人のほうが多くて、男性のようにガッツリ稼いで早々にリタイアして沖縄やハワイで暮らしたいとか、何か労少なくして一攫千金できる方法はないかとか、そういう考えの人は少ない気がします。

いわば儲けることが目的ではなくて、仕事をしていて幸せに感じられる規模が目標であり、満足してしまう。
やりたいことはあるけれどビジネスにはしくにいから他のこと、という人はいますが、大きく儲けるならあれよりこっちよねーという人はあまりいないように思います。

そんなところへ経済や資産運用でがっつり儲けましょう、守りましょうというお金が先にある考え方を前面に出しているのがこの人。

少し前は経沢香保子という人が女性ならではの視点と細やかさでビシネスをやっていきましょう、ハッピーになりましょうという形で世に出ました。

この方は子供もいて、ダンナさんをしっかり教育して家事育児も手伝ってもらいながら仕事を続けるという、多くの女性の理想とされそうな生活を築いているようで、その点も彼女のイメージアップにつながったのだと思います。
(私はそういうのは理想ではないですが)

一方勝間さんは子供はいますが、2度の離婚経験があるそうです。

このあたりもなんだか象徴的ですね。

ようやく香山リカさんが批判したのがきっかけか、批判的な意見も聞かれるようになってきました。

正直私はこの人の話を聞いていると、世の中が良くなるような気がしません。
消費者はどうするべきかという話をしていると企業が倒れそうなことを言う。
企業がどうするべきかという話をすれば国がたちゆかなくなりそうなことを言う。
政府の施策を話せば世の中が沈みそうなことを言う。

経済のアナリストなら、売れる本を書いて出版社や書店を元気にしてくれればいい。
セミナーだ自分磨きだとお金を落とす人を増やすのも、まぁどうかと思いますが、いいでしょう。

逆に消費者の味方を標榜し、自分だけ勝ち組になろうと謳うなら、「私の本は買わずに古本屋に出てから買ってください。」とか、「立ち読みで済ませてください。お金がもったいない」ぐらい言えばいいではないですか。
セミナーの内容をこっそり録音してきてもらって、みんなで聞けばいい、とか。

節約や貯蓄を推進して有名になった方でも、「私の本は買わずに人から借りて」とか、「私の本を人に貸して儲けましょう」と言う人はいないですね。

影響を受けやすい人はそれは結局どういうことなのか、考えてみましょう。

一つこの人で好感がもてるところは、この数年で著名になったり、自分を売り込んでいた女性経営者などと違って、他の企業の男性経営者に擦り寄っていかないところ。

そりゃあ数年前はIT長者と呼ばれる人たちと親密であることをアピールすることもなにかしらのメリットがあったのでしょうけれど、今はそういうメリットが得られそうな人がいないですけどね。

テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

【2009/11/21 13:46】 | 社会 | コメント(0) | page top↑
なぜ騙されるのか?
連日ニュースでは結婚詐欺の女の話題ばっかりですね。

いいかげん他のニュースをやってくれと思ってチャンネルを変えるのですがまたそこも詐欺女の話。

キャスターによると「出会い系だセレブだ婚活だと、この数年の日本を象徴するキーワードが出てくるから興味深い」んだそうです。

出会い系にもセレブにもセレブにあこがれる人にも婚活にも興味がないので私はけっこうですが。

顔の見えない出会い系サイトは怖いとかそういう問題じゃないと思いますし。

新幹線で女性が襲われた時は「被害女性が悪い」なんてほざいたヤツもいて(まともなジャーナリストではないですが)、他人に関心を寄せない社会、ヘタに注意をすれば逆ギレされる、注意したいがヘンなカップルもいっぱいいてそこらで恥を撒き散らしているので、注意したほうがバカを見るかもしれない、なんてとこを真剣に論じられた記憶はないです。

今回は被害男性が亡くなっているせいか、「騙されるほうが(も)悪い」と言い切る人は見かけませんね。
不愉快なのですぐチャンネルを変えているからでしょうか。

おせっかいを焼いてくれるお見合いおばさんがいなくなったからネットで婚活しなければならないという
話になってしまうかもしれませんが、今の時代にもお見合いおばさんはいないわけではないし、自分が結婚して落ち着いてヒマで刺激がないから誰かくっつけておせっかいをやきたい相談に乗りたい、という同世代もいるはずです。

私も彼氏がほしい、彼女がほしいという人に友達を引き合わせたことはありますけど、「俺にも紹介してくれ」「私にも」と言われても紹介できない人もいます。

ええと、何が言いたいかというと、おせっかいを焼きたい人でも他人様に紹介しにくい人もいるということです。

男性で仕事をしてないとか、開いた口がふさがらないほど女性蔑視とか、今の生活を変えたくないけど結婚したいとか、「条件は特にない」と言いつつめいっぱい年下でないとだめとか、女性で「仕事を辞めたいから」ぼんやりと結婚したいだけとか。

そんなことを言っている人たちや異性と縁のない、それゆえに理想がエベレストのように高い人でも、実際に感じの良い人にやさしくされたり、自分に好意を持っているそぶりを見せられたら、あっという間にのめりこんでしまう・・・・・・・そんなものです。

本当にあきれるほど理想が高くて譲らない人、本気で相手がほしいと思ってないのでえり好みを続けるゆとりがある人はこの限りではないのですが、女性慣れしてない男性なんかはいくら「女なんて」と言っていてもたいていこのパターンです。

異性の縁のない女性の場合はちょっとばかしイケメンがやさしくしたところでかえって「誰にでもそうなのでは?」と警戒心を強めるものですが、男性はなにしろ自分にやさしい女性=心の美しい女性が現れた、となりますから。
警戒するとしたら高収入か資産のある男性ですが、そういう人ならお金目的の女性が寄ってくる経験はしているでしょう。

たぶん詐欺で捕まったこの女性はターゲット選びが上手かったんでしょうね。

女が本気でうそをついたら男は見破れないといいますが、見破れたとしても相手の言いなりだったでしょう。

なぜなら夢を見ていたいから、ふってわいた幸せをこのまま信じたいから、ちょっとほころびが見えても目をつぶって見なかったことにしてしまう。

もしくは騙されてもいいと思ってお金を渡したけれど、まさか殺されるとは、という展開だったかもしれません。

男性を騙そうとする女性、誰かをだまそうとする人も何かしらミスをするはずですが、周りには丸分かりでもフィルターのかかった当事者には気がつかないものかもしれません。


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【2009/11/05 22:15】 | 社会 | コメント(0) | page top↑
オリンピック招致失敗
国内ではまったく盛り上がっていなかったオリンピック招致。
案の定落選になったわけですが。

他の開催候補地は東京よりもみんな盛り上がってたんでしょうか。
リオの人たちの喜びようを見て、「良かったねー」と素直に思いました。

東京に決まったらあんなに喜ぶ人たちがいたでしょうか。

私個人はオリンピック招致は反対でした。

税金使ってバンバン建物建てて、オリンピックが終わってから有効利用できるのかとか、招致にかける税金と労力をもっと他のことに使ってほしいとか。
自然や歴史的建造物を破壊してまで競技場やプレスセンターを作られることに抵抗があるとか。
まぁこれは東京に限らずどこの土地が名乗りを挙げても思ったでしょう。

それに東京の夏は暑すぎます。
インド人も「蒸し暑いのは経験がないのでツライ」という暑さです。
昔オリンピックを開催した時とは違います。

海風が流れる都市計画とともにエコオリンピックが本当に(←ココ大事)実現されるのなら、まぁ意義はあるでしょうけれど。

今回大きかったのは築地移転計画。
汚染地域に食べ物を扱う市場を移そうなんて、そこで人を働かせようなんて気が狂っているとしか思えません。
「埋め立てれば大丈夫」なんていいながらこそっと土壌の浄化技術を募集していたこともこのブログに書きました。

東京に住んでいる方でなければ「別に東京の魚が食べられなくなったって、自分には関係ないよ」と思われているでしょう。
でも東京以外の方にもこれは無関係な話ではないのです。

漁業で生計を立てている人たちはどうなるでしょう。
都内の人たちが「汚染物質まみれの魚なんて食えねぇ」と言い出したら、売上が何%が減るでしょう。
それで生計が成り立たなくなって漁業を止めたら、魚介類の値は全国的に吊り上がるはずです。

安全だというなら東京都庁を汚染地域に移せ。
招致委員の活動もすべてそこでやれ。
そっちにプレスセンターおっ立てて世界中のプレスに非難されてみろ。
築地のプレスセンターに移転先市場から魚届けて、世界中のプレスに振舞まえよ。

と激しく怒っていたわけですが、少なくとも私の周りはこの問題に関心のある人はほとんどいませんでした。
都内の人でも知らない人が多かったです。

さらにいえばそういう人たちの中にもオリンピック開催を切望していた人は一人もいませんでした。

で、今回のオリンピック招致で何がいちばん気に障っていたかというと、都知事が自分の手柄、花道としてオリンピック招致を実現させたがっているのが見え見えだったこと。

そんな都民の健康を犠牲にしてまでオリンピックを招致しようなんて強引さに恐ろしいものを感じませんか。
知人は「極端な話、オリンピックを開催すれば儲かる、盛り上がるなんて発想が最優先されるのは、戦争をすれば儲かるに通じるものが透けて見えるようで、恐ろしい」と言っておりました。

断言しますがオリンピックや戦争で景気が良くなったとしてもほんの一時的なものです。
オリンピック開催のための受注・雇用なんて一時的なものでしかないではないですか。

まかり間違って実現してしまったら、都知事が「俺の仕事」と一生言い続け、死後もマスコミが持ち上げるのかと思うとぞっとしていました。

石原都知事が嫌いだからそう思うのではなく(嫌いですが)、都知事個人の願望で突っ走っていい問題ではないと思うのです。

それでも石原慎太郎を当選させてしまう東京都民。
なんでですか・・・・・

「日本も総理大臣を国民の投票で選べるようになればいいのに」と思わないこともないのですが、都知事にああいう人が当選し、県知事に首をかしけてしまうような人が当選し、そしていまだに小泉信者がいるこの国にはまだまだ100年早いと思うのです。


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【2009/10/03 12:43】 | 社会 | コメント(0) | page top↑
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